日本の塩作りの歴史


料理の味付けに欠かせない塩は、昔から日本でも各地で製造されてきました。塩と馴染み深い日本人ですが、日本の塩作りについてご存知の方は少ないと思います。

塩作りに関わる条件の有無

日本は四方を海に囲まれているという地理的な条件が存在していることから、塩作りに適した条件が揃っているというイメージがあると思います。しかし、日本は塩湖や岩塩などの塩資源に恵まれておらず、高温多湿な気候のため、塩作りに適している条件が揃っているとは言えません。

高温多湿の条件が塩作りに適していないのは、高温多湿な気候の下では、塩を自然の力で乾燥させる天日干し製法が困難なためです。塩作りに不具合な条件をカバーするために、日本では、「採かん」と「煎ごう」という方法で昔から塩が作られてきました。前者は、海水から、かん水と呼ばれる濃い塩水を採る方法で、後者は、かん水を煮詰めて塩の結晶を作る方法です。

古代

古代の代表的な製法として「藻塩焼き(もしおやき)」が挙げられます。この方法では、干した海藻を焼いて灰塩を作ります。時代の流れと共に、この方法も変化していきます。灰塩に海水を注いでかん水を採る時代へと移り変わり、6〜7世紀になると、干した海藻に海水を掛けてかん水を採るようになりました。

8世紀頃には、「自然浜」と呼ばれる方法が広く普及しました。当時、この方法を採用して塩の生産を行う大規模な塩産地が存在していたことが分かっています。この方法は、海浜の自然のままの砂の上で海水の濃縮を行います。

近世から近代にかけて

この時代は、気候や地形などの条件が恵まれており、塩作りに最適だと言われていた瀬戸内海を中心に新しい塩作りの形態である「入浜式塩田」と呼ばれる方法が誕生しました。三陸地方は、塩浜に不向きな気候であったため、採かんの工程を取り入れない、「海水直煮(かいすいちょくしゃ)」という製造方法が採用されていました。

近代から現代にかけて

昭和の平釜に替わって、蒸気利用式塩釜や立て釜が導入されました。この結果、煮詰め改革が起こりました。昭和28年ごろには、これまで採用されていた入浜式塩田から、濃縮工程に流下式塩田が導入されるようになりました。昭和47年にイオン交換膜が主流になりました。これは、電気エネルギーを利用してかん水を採取するという手法です。

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